明石家さんまが西加奈子の原作の中に発見した「イメージの詩」

　　　　　　　　　　――― 渡辺歩監督「漁港の肉子ちゃん」を見る(2021.7.6)


天才明石家さんまプロデュースということばかりが前に出ているが、
けっして明石家さんまの知名度で売り込もうとしている映画ではない。
むしろ、実は映画の企画から演出に至るまで相当に深くかかわっているさんま自身が、
自分の知名度を利用してでも多くの人に見てもらいたいという思いから、
自ら先頭に立って売り込んでいる(ように見える)映画なのである。

原作は、西加奈子の小説だ。この取り合わせがいい。
西作品で読んだのは映画版で小学生の芦田愛菜が主演した「円卓」だけだが、
いかにも大阪的なおせっかいで下世話な人情味にあふれており、
意図的にマイノリティをよく見える場所に置きつつ、
予断や偏見の入り込む余地がないほどクチャクチャに混ぜ返しておいて、
それを軽々と乗り越えていくような小気味の良い作品だった。

明石家さんまも、世間的にはテレビが育てた「お笑い怪獣」という印象だが、
もともと笑福亭松之助門下できちんと落語の修業を積んだ古いタイプの演芸人だ。
その師弟関係は、松之助の晩年まできっちり続いたことでも知られている。

そして、笑いに対する真摯さとどん欲さの一方で、
しばしば「さんま定食」と呼ばれる笑いの方程式(演出力)によって、
不器用な芸人やときに素人にも着目し、すくいあげてはスターにしてきた。

その根底にある弱い人たちや報われない人たちに向けられた優しい目線は、
西加奈子の原作を読むや、いち早く自ら映像化の許諾を求めたことでも明らかだ。
この作品は映像化されねばならないし、良いものするには自分が関わらねばならない、
そんな確信が明石家さんまを動かしたのである(と勝手に思ってしまう)。

一方、西加奈子というと騒がしくてひっかかりが多いという印象がある。
映画の冒頭に置かれた、娘・キクコによる肉子の苦労続きの半生や、
「身長151センチ、体重67.4キロ、<いこいむなしい>やでっ!!」といった独特の肉子語による勢いの あるたたみかけは、
いかにもな西加奈子節だ。

肉子の本名が「菊子」で、キクコ(漢字では「喜久子」)と同じ名前だし、
「肉子だけに」なのか、苗字は「見須子」と書いて「ミスジ」だし、
おかげで「見須子　菊子/喜久子」と並んだ表札は、みんな名前みたいだ(と、わざわざナレーションで強調する)。
その上、肉子が勤める(漁港なのに)焼肉屋の屋号が「うをがし」だったり、
近所の神社がなぜか「エロ神社」と子どもたちに呼ばれていたりするので、なかなか観客を素通りをさせてくれない。

こういう過剰な情報でクラクラしているうちに、
仲良しの友だちと喧嘩したり仲直りしたり、気になる男の子ができたりといった、
キクコの周囲では小学校高学年らしい事件がいろいろ展開する。

そして、流れ流れて北の漁港にたどり着いた肉子とキクコが、
グラスボートを家代わりにして暮らしているという浮き草な設定とともに、
とにかく肉子の持ち前の明るさと前向きさで走り続けることによって、
なんとか我に返らないようにして保っているような危うい暮らしぶりなのに、
肉子が夜中に謎の電話をかけていたり、他にもいろいろ謎行動があるものだから、
もやもやした落ち着きのなさが少しずつ充満してくる。

しかも、映画の中盤で流れる主題歌が吉田拓郎の「イメージの詩」で、
「これこそはと信じられるものが　この世にあるだろうか　信じるものがあったとしても　信じないそぶり」
という吉田拓郎の歌詞が飾りのない子どもの声で歌われると、
ますますキクコの人生に運命づけられた「信じられなさ」が増幅していく。

で、これ、どう決着させるのよと思っていたら、
最後にこれだけは揺るがせにはできないという確かな祝福か待っていた。
ええ話や。

ちなみに、明石家さんまの人生の一曲も「イメージの詩」だそうだ。
つまり、明石家さんまは、西加奈子の「漁港の肉子ちゃん」の中に、
自分の「人生の一曲」である「イメージの詩」に通じるものを発見し、
いち早く映画化に取り組むと、両者を一体のものとした映画に作り上げたのだ。

なので、原作は西加奈子であり、監督は渡部歩ではあるけれど、
一番前に見えてくるのは「企画・プロデュース」の明石家さんまであり、
「漁港の肉子ちゃん」という映画が明石家さんまの正体であるかのように感じられた。

そのことは、肉子役を熱演した大竹しのぶがパンフレットでこっそりと報告している、
結婚していた当時に一緒にアニメ化した明石家さんまの絵本「リリが見たやさしい虹」が心温まるストーリーで、
「あ、全然変わってないんだな……と思いましたね。」からも、 十分にうかがい知ることができる。

　　　 映画「漁港の肉子ちゃん」公式サイト
　　 　 wikipedia内「漁港の肉子ちゃん」ページ
　　　ラ フ&ピースニュースマガジンサイト内「漁港の肉子ちゃん」明石家さんま・cocomi・石井いづみ舞台あいさつ 記事
　　　ラ フ&ピースニュースマガジンサイト内「漁港の肉子ちゃん」大竹しのぶ・吉岡里帆舞台あいさつ記事