25年分の安定感を感じさせる名作舞台の映画化

　　　　　　　　　　　――― 杉山泰一監督「星屑の町」を見る (2020.3.20)

売れないムード歌謡グループ「山田修とハローナイツ」が、
リーダーの郷里の田舎町の青年団に迎えられ、小学校の講堂で公演を行う。
そこに、地元のスナックを手伝っている歌手志望の女性（のん）が登場するのだが…

原作は、1994年から2016年にかけ て７シリーズが制作され、
2019年の再演を含めると25年にわたって上演された水谷龍二作・演出の舞台作品である。

ハローナイツのメンバーは、 ラサール石井（コント赤信号）、小宮孝泰（コント赤信号）、
渡辺哲（劇団シェイクスピアシアター）、でんでん（お笑いスター誕生!!）、有薗芳記（第三エロチカ）に、
ボーカルの太平サブロー（太平サブロー・シロー）と、 さまざまな経歴を持つ、いずれもクセのある役者ばかり。
舞台第１作当時は40歳前後だった彼らも、みな60代だ。

映画は第１作を底本にしていることもあ り、
設定に忠実に撮るならば、現在40歳前後の新キャストにすることもできたのだろうが、
舞台版のファンで、舞台版を映画に「残したい」という思いがあった監督の方から、
全員オリジナルキャストでという条件が付いたという。
むろん、役者の側も大歓迎だっただろう。

おかげで、舞台初演時にはまだ調子のよい 中年男だったであろうハローナイツの面々が、
25年分くたびれてしまったところは否めない。
しかし、その分、ほぼ当て書きの役柄を、25年分息の合った者同士で演じてくれたので、
毎日、小さな旅興行をやっているような「売れないムード歌謡グループ」がいたならば、
きっと、本当にこんな感じにちがいないと思わせるような安定感があった。

オリジナル曲の「MISS　YOU」も歌 うけれど、
世間はほとんど知らないだろうから、「宗右衛門町ブルース」(平和勝次とダークホース)、
「ほんきかしら」(島倉千代子)、 「中の島ブルース」「さようならの彼方へ」(ともに内山田洋とクールファイブ)といった
客受けが良い往年の昭和歌謡の名曲を歌う。

毎日、歌う場所は変るけれど、同じ曲順 で、同じ掛け合いで客を沸かせて、
同じタイミングで同じハプニングが起こり、同じメンバー紹介で終える。
それは、ボーカルが太平サブローから若い女性の「のん」になっても変わらない。
つたないようでキマっているコーラスも、ぎこちないようで計算されたダンスも、
長年の舞台で揉まれているので手慣れており、さりげなく十分に魅せてくれる。

それは、ハローナイツの「前座」のキティ 岩城(戸田恵子)も同じで、
「手紙」(由紀さおり)、「強がり」、「愛の暮らし」(加藤登紀子)の歌い上げぶりも、
ハローナイツへのつなぎも申し分のないところだ。
ちなみに、もともとアイドル演歌歌手・あゆ朱美としてデビューした戸田恵子は、
初演を見て「出たい」と懇願し、第５作、第７作にキティ岩城として出演したのだという。
「強がり」は戸田恵子作品の「セルフカバー」であるらしい。

そして、ヒロインの「のん」だ。
舞台が東北ということもあって、「あまちゃん」の舞台・久慈市が全面支援してくれた。
ひょっとすると、このことが映画化が実現した影の功労者だったのかもしれない。

のんは、あまちゃんで手に入れた東北言葉 を駆使し、回想シーンではネイティブな大阪言葉も使う。
歌も達者で、オーディションで弾き語りした「新宿の女」(藤圭子)もなかなかの迫力だった。
ハローナイツに加入した後も、男声のキーにあわせた相当高い音域にもかかわらず、
透明感のある声できれいに歌ってくれる。

かくして、ハローナイツのレパートリーに 「恋の季節」(ピンキーとキラーズ)が加わり、
映画版オリジナルの新曲「シャボン玉」まで制作されるまでになった。
(舞台版のオリジナル曲「MISS　YOU」も含めて、なかなか名曲だ。)

ちなみに、舞台版ではヒロインに恋する役 回りだった菅原大吉は、
映画版では息子が「のん」に恋する設定に変更されたらしい。 さすがに、これは仕方ない。

というわけで、手に汗握るとか、社会を撃 つとか、そういう作品ではけっしてない。
切ない別れに涙することも、崇高な愛に震えるなんてこともない。
しかし、どこかほっとするとか、ほんのり嬉しくなるとか、実は大切で難しいものをきっちりと伝えてくれる。

舞台の初演時には口コミでどんどん観客が 増え、
後半には「舞台以上に豪華な役者や芸人たち」が観客席に並んだという。
のんは「この世界の片隅に」でも口コミでロングランを実現させた幸運の女神だ。
この映画も、そんな息の長い売れ方をしてくれると嬉しいのだけれど。